1955年の音響メディア史

会場:友愛館Y-004教室・10:00〜13:00

中川克志(問題提起者):横浜国立大学都市イノベーション研究院
大和田俊之:慶応義塾大学法学部
髙橋聡太:東京芸術大学大学院


1. 音響メディア史の観点からポピュラー音楽を眺める視点を整備したい。つまり、楽曲中心ではなく、社会的・政治的背景との関連からでもない、ポピュラー音楽史の可能性を提示したい。これが当初の企画の意図であった。この企図を実現するために共同討論者と打ち合わせを行うなかで、本ワークショップでは、1955年のポピュラー音楽における音響メディア史に注目することにした。1955年といえば「ロックンロール」が生まれた年だが、この年を音響メディア史の観点から眺めると、どのような風景が浮かびあがってくるだろうか。より具体的に内容を指示するために、当初の企画名「ポピュラー音楽史における「電子音/電気音」の位置づけをめぐって(仮)」から変更させていただく所以である。

2. こうした企画を構想したのは、企画者である中川が、ポピュラー音楽史を概説する視点を得たいと考えているからである。そのために中川は、迂遠ではあるが、音響メディア史という観点からアプローチすることで、ポピュラー音楽史の語りに重層性を生み出し、ひいてはポピュラー音楽史の概説の作成に貢献したいと考えた。そこで、本ワークショップの目的を、ポピュラー音楽史の語りに重層性を生み出すために必要な方法論や、そのために適当な領域などについて討議考察すること、と設定させていただく。共同討議者は、音響メディア史の観点からポピュラー音楽を眺める事例を提供する。フロアとの質疑応答ではその方法論等について討議したい。

3. 無制限に時代と地域を広げると議論が成立しないので、本ワークショップでは1955年の英米圏に焦点を絞る。あらゆる時代と地域を比較したうえで最も重要だからここを選択したわけではないという意味でこの時代と地域を選択した理由は恣意的だが、この時代と地域の選択は、ポピュラー音楽史を概観するという最終的な目的にとっては示唆的であり得ると考えている。1955年といえばロックンロールが生まれた年だし、この時期は「現代音楽」というジャンルとポピュラー音楽とが音響メディア史上で奇妙な交錯を果たす事例を観察できるからだ。つまり、音響メディア史の観点からポピュラー音楽を眺める視点の一事例を提供できるからである。これが中川の提供する事例である。中川は、本ワークショップの狙いを説明するとともに、1955年にシュトックハウゼン《少年のうた》(1955-56)が電子音楽と具体音楽とを「融合」させたことを例に、「現代音楽」と「ポピュラー音楽」における「電子音楽」の位置付けと、ふたつの音楽史に対する音響メディア史的観点の重要性とについて考察してみたい。また他の二人の共同討議者も、この時代のポピュラー音楽を音響メディア史の観点から眺める事例を提供してくれる。

共同討論者である大和田が検討する事例の概要は次のとおりである。 「1950年代の「サウンド」と「メディア」について検討する。チャート分析に定評があるジョエル・ホイットバーンのビルボード集計本によると、1950年代の前半と後半でアメリカのヒット曲の特徴が質的に変化していることがわかる。55年以降、エルヴィス・プレスリーやファッツ・ドミノなどのロックンローラーがランキングの上位に浮上するが、それはティンパン・アレーなどの楽曲とは「サウンド」として異なっていたのだ。本発表ではロックンロールやロカビリーに特徴的なエフェクトのひとつとして「スラップバック・エコー」をとりあげ、それがポピュラー音楽史上、「音響的」にどのように位置付けられるかについて検討する。それと同時に、ロックンロールというジャンルの成立を促すメディアとしてラジオにあらためて注目し、それがそれ以前の音響メディアといかなる意味で異なっていたのかについても考察したい。」

また、共同討論者である高橋は、1955年以降の実演における電気的な音量の増幅と制御に着目した問題提起を行なう。高橋が検討する事例の概要は次のとおりである。 「ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツの《Rock Around the Clock》が映画『暴力教室』とともにヒットした1955年は、ポピュラー音楽史における「ロックンロール元年」として位置づけられる。ロックンロールのみならず、各時代において「若者向け」とされる新興ジャンルは、往々にしてある種の耳あたりの悪さや、やかましさと結び付けられてきた。しかし、それが実演の場でどのような技術のもとに鳴らされていたのかは、音盤を中心とする歴史記述からはしばしば捨象されてしまう。同じく1955年にヒットしたペレス・プラードのマンボにおける大人数のブラス・セクションがステージでもたらす効果や、その後の諸ジャンルでの実演における「音量」の大きさに関する当時の議論を紹介し、1950年代なかばから1960年代後半にかけて発達したアンプやPAといった音響メディアについて検討する。」

4. 本ワークショップで検討できる事例は限られた地域の限られた事例に過ぎないが、こうした議論を蓄積していくことで、ポピュラー音楽史を概観する視点の構築に貢献できるのではないだろうか。ポピュラー音楽史における音響メディア史の重要性、あるいはポピュラー音楽史の通史の必要性を喚起できれば、本ワークショップの目的は達成されるとしたい。