Japanese Association for Studying Popular Music

2011年の研究活動記録

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【大会等】

日本ポピュラー音楽学会第23回大会


2011年12月10日~11日 大阪市立大学(杉本町キャンパス)

NEWSLETTER9192号に報告を掲載

 

【関東地区】

◆第1回研究例会

日時:6月4日(土)13:30~

会場:東京藝術大学北千住キャンパス 音楽学部音楽環境創造科第一講義室

NEWSLETTER88号に報告を掲載

修士論文発表会

 

「消費者生成型メディアと国内コンテンツ産業の関係性の変容」

武居健太(東京工科大学メディア学部)

 

今日、我々は自宅に居ながら映画を見ることや音楽を聴くこと、仮想テーマパークに友達と参加するなどといったことが可能になった。これはコンピュータやネットワークなどの技術革新のほかに、コンテンツ提供者による多々のサービス展開があってこそ成り立つものである。なかでもコンテンツの利用を許諾しているコンテンツ・ホルダーの意向は状況を大きく左右する。なぜなら現在の著作権法ではコンテンツは著作者や著作者の所属するコンテンツ・ホルダーによって利用許諾が設定され、コンテンツの使用のよりコンテンツ・ ホルダーは収益を得ているからである。ラジオ放送が開始された昭和初期ではアメリカのレコード産業は一時的に大きな打撃を被り、日本ではラジオが流行歌のサンプル配布者の役割を果たした(生明、2004)。その後ラジオやテレビなどのメディアとコンテンツ・ホルダーは著作権使用における包括契約の締結や、コンテンツのメディア露出が常例となり協力関係を維持してきた。
以上を踏まえるとインターネットの発達によって誕生した消費者生成型メディア(Consumer Generated Media、以下CGM)とコンテンツ・ホルダーも従来メディアのように協力関係を築くものだと予測される。しかしCGMはユーザーがコンテンツを発信するという従来メディアとは大きく異なる特徴を持つ。ユーザー発信によるコンテンツは、コンテンツ・ホルダーが制御可能な情報量を大きく超えるということだ。このような状況の中で本研究ではCGMとコンテンツ・ホルダーとの関係性の変遷を定性的、定量的に検証していく。
国内国外共に最も普及しているCGMはYouTubeであり、2009年3月では国内ユーザー数が1907万人と言われている(ネットレイティングス2009年調べ)。YouTubeに付随する権利問題はサービス開始当初から沙汰されてきた。しかし現在では各権利者が思慮することはあっても、ニュース記事など話題になることは減少した。CGMの先駆者であるファイル共有ソフトのNapstarと比べると、10年前とは明らかに異なる結果となっている。本研究においてこの二者の違いにも言及し、CGMの認識を変容させた要因を示すことで、コンテンツ業界の動向を考察する。

 

 

「デジタルシフトが生む映像コンテンツの新しい消費態様と評価指標

―バリューチェーンのデジタル化がアニメにもたらす影響から」

松本淳(東京大学大学院)

 

「ジャパニメーション」が喧伝されるようになって久しい。映像のみならず、脚本、音楽、声優による演出、キャラクター商品など、アニメーションはコンテンツ産業の様々な要素を内包して成長してきた。報道等で取り上げられるように海外での人気も根強いものがあり、国も様々な振興策・育成政策を実施してきた。
だが、2005年のブームから一転、制作される作品本数は減少傾向にある。本論文では、アニメビジネスとコンテンツの現状を整理した上で、「メディアの転換(メディアシフト)」がそこにもたらす様々な変化を考察する。他のエンターテインメント産業にも共通する諸課題が抽出されるはずである。
複数のクリエイティブ著作物の複合体とも言えるアニメが、様々なメディアを介してその制作費用を回収していく仕組み(製作委員会方式)を改めて確認する。そこではコンテンツを展開するウィンドウの選択と、コンテンツへのグッドウィルを活用することがその鍵となる。
2000年代には盤石に見えたこれらのスキームだが、大きな変化に晒されている。その変化の態様と「ニコニコ動画」をはじめとするネット映像視聴サイトの実像を幾つかの側面から明らかにしていきたい。
本論文ではコンテンツ側の変化も確認した。アナログからデジタル、デジタルからネットという変化は伝送手段のみならず制作手法から消費の在り方まで影響を及ぼしていく。結果として経営的な観点からはバリューチェーンを大きく組み替えていく必要に迫られている点についても触れる。
論文後半ではウィンドウウィングモデルの再定義を提案する。物理的メディアを介してウィンドウ設計と販売モデルを組み上げてきた従来の手法は限界を迎えているという観点から、コンテンツ提供者がどのようにウィンドウ展開を組み上げればよいのか事例を交えながら解決の方向性の提示を試みた。

 

 

「日本におけるDubstep―音楽シーンに関する考察」

アルニ・クリスチャンソン(東京藝術大学大学院)

 

本論の目的は音楽シーンの考察であり、特にダブステップとして知られるダンス・ミュージックのジャンルがいかに日本においてローカル化していったのかを検討する。ダブステップのクラブ・イベントの参与観察を通じて民族誌的なフィールドワークを行い、ダブステップのアーティストやDJへのインタヴューや、音楽雑誌の調査を実施した。
1990年代初頭に始まったクラブ・カルチャーについての研究は、パンク・ミュージックに着目したバーミンガム学派のサブカルチャー研究が基礎となっている。日本のダブステップを分析する上では、「シーン」を定義したウィル・ストローの研究と、ファビアン・ホルトによる「ジャンル」の定義を論拠とする。
インターネットを通じた草の根的なムーブメントとして世界中に広まっているダブステップは、グローバル化している文化の興味深い事例である。2004年に初めて日本に輸入されたが、メジャーなメディアには認知されていなかった。2007年頃からローカルなシーンが成長し始め、東京や大阪でパーティが開催されるようになり、そこから様々なイベントやアーティストたちが派生し、全国各地さまざまな地域に出現するようになった。
日本におけるクラブ・ミュージックのジャンルにおけるローカル化についての先行研究は非常に少なく、そのほとんどは日本にヒップホップが進出した際の足跡をたどったものであるのだが、ここではそれとは異なったローカル化の過程について論じる。
本論で述べた考察を通じて、ローカル化された音楽シーンについて着目する際の2つの異なった方法を提示したい。1つ目は、音楽的活動の文化的な領域として、そして2つ目は、文化化が完結した「ローカル・ジャンル」としてである。日本でのダブステップ実践を説明するための言葉としては、「ローカル・ジャンル」よりもむしろ「シーン」がふさわしいとものだと言えるだろう。

 

 

「失われゆく音楽文化の多様性・多言語性を求めて
―グローバル化時代の地歌箏曲伝承のフィールドワークから」

佐藤岳晶(東京藝術大学大学院)

 

グローバル化に伴う西洋音楽の世界的浸透・ヘゲモニーの拡大ならびに、その音楽への同化等による、世界の音楽文化の単元化・単一言語化と、それに伴うマイナー音楽文化の危機への問題意識から、音楽文化の「多様性」について再考する。
当省察においては特に、異なる音楽言語間の「差異」について注視し、多様な音楽言語の併存による「多言語性」の相において、音楽の多様性を思考する。カルチュラル・スタディーズの理念・方法論に基づく学際性ならびに実践との節合を旨とするアプローチにより、研究・探究は、「グローバリゼーション」や「ポストコロニアリズム」といった社会・歴史・思想概念や(社会)言語学等とも分節化され、また、フィールドでの実技研鑽や演奏活動への参加、ならびに作品創作といった実践とも有機的に結びつけられてきた。
多言語性を基とする音楽世界観を求め、音楽にまつわる「普遍性」の批判的再考と西洋音楽を相対化させる視座の獲得、ならびに、音楽文化・音楽言語間の「差異」を実証すべく、幼少より西洋音楽を学んできた筆者は、西洋音楽とは異なる音楽のあり方を今に伝え続ける、重要無形文化財保持者の二代 米川文子師の主宰する、生田流・地歌箏曲の一会派「双調会」において、音楽修行を兼ねたフィールドワークを行ってきた。
言語学の分析概念を援用しつつ、「双調会」伝承の地歌箏曲と西洋音楽の間の通約不可能な音楽言語上の「差異」を明らかにすると同時に、このような「差異」の拡がりの中にこそ、人間の音への認識・音楽の営みの多様性の意義深さがあると提起するとともに、その多様性・多言語性の維持・発展の希求において、「双調会」をはじめとする非西洋音楽文化の今後、「差異」を資源とする創造の可能性等へと検討を拡げて行く。

 

 

「『社会としての学校』におけるメンバーシップ
―インタビューと参与観察に見るカテゴリーの使用を題材に」

團康晃(東京大学大学院)

 

本研究は、学校を幾重にも折り重なる相互的な意味構成の結節点として、つまり「社会」として描き出すというものである。これまでP.ウィリスの『ハマータウンの野郎ども』をはじめとするサブカルチャー研究や日本における生徒文化研究は、学校という場に見出される文化とグループ、文化的差異の在り様を明らかにしようとしてきた。しかしながら学校と文化をめぐる諸研究は、二つの困難を抱えていたといえる。一つには、80年代後半以降学校という場が研究対象として背景化していったことであり、もう一つには、多くの研究が「学校という社会」ではなく「学校を通して社会」を記述しようとしてしまうが故に、学校という社会において、相互行為を通して達成されるメンバーシップ、つまり成員たちが織り成す文化的な差異を記述できないということだった。
そこで本研究ではこれまでの文化とグループをめぐる諸研究の問題意識を受け継ぎながら、エスノメソドロジー・成員カテゴリー化装置のアイデアを手がかりに、これまでの課題であった学校という社会の中でのメンバーシップの達成、言いかえると相互行為における様々なカテゴリーの使用とその使用によるせめぎあう文化的差異の達成を経験的に記述することを目指した。
本研究における音楽(や音楽に関する知識)もまた、ある文化的カテゴリーと結びついたものとして、誰かを説明したり、メンバーシップの確認を行なう際にみられるものだった。
報告では、校内放送での選曲に関するエピソードを題材に、選曲において「オタク」であることを問題化させないための工夫と、その問題化の場面についてみていく予定です。

 

 

「コンピュータ音楽に媒介された相互作用とライヴ」

原島大輔(東京大学大学院)

 

本論文は、一般的にしばしばそのライヴ性の欠如が指摘されるコンピュータ音楽のパフォーマンスについての考察を通じて、現代的な諸技術環境におけるライヴ性の条件を提示する。ソフトウェアによってその機能を柔軟に変形しデジタルな再生産やシミュレーションを得意とするコンピュータが個人的な所有物となり、しかもそれらが他のコンピュータや他の諸技術とネットワークされている、現代の技術的なメディア(すなわち環境の複数形)において、われわれはそのような諸環境と相互に補完しあうようにして成立している。そのような諸環境において実行される音楽的パフォーマンスに関してライヴとメディアの二項対立を設けることは、たとえそれがメディアに対するライヴの卓越を喧伝しようとするものであれ、メディアによる汚染からライヴの純潔を保護しようとするものであれ、かえってそのことによってライヴを固定し時代遅れなものにするか、特定の時代や文化や社会における偶然的な構築物に還元することになるだろう。ライヴとメディアは対立関係にあるのではなく、また特定の技術の使用がライヴと非ライヴとを区別する基準になるわけでもない。ライヴ性とは、対象の客観的な特性ではなく、そこに参与するわれわれによってある程度構成されるものであり、したがってある程度相対的なものである。しかしそう断言することでわれわれが主張しようとしていることは、あらゆるメディア経験がライヴ的であるとか、ライヴ性は全く相対的であるといったことではない。問題は相対的な構成を制約する機構であり、それこそがメディア化されたパフォーマンスのライヴ性についてのより普遍的な基準となりうる。先行するパフォーマンス研究におけるライヴ論を踏まえ、その問題点や不満を乗り越えるための補助線としてオートポイエーシス論に代表されるネオサイバネティクス諸論を参照しながら、本論文はライヴ性を定義付ける。すなわち、われわれがわれわれの埋め込まれた諸環境を或る種の生命的なものとして構成せずにはいられなくなるような、われわれとメディアとの特異な相互作用のあり方を特定する。

 

 

◆第2回研究例会

日時:2011年9月10日(土)14:00~17:00

会場:亜細亜大学2号館236教室

 

「ポスト・パッケージ時代の音楽活動―ネットレーベル現象から考える」

 

趣旨説明:音楽産業の過渡期という観点から

谷口文和(企画・司会、亜細亜大学短期大学部)

 

ネットレーベルを軸としたコミュニティ意識の形成

日高良祐(登壇者、東京芸術大学大学院)

 

ミュージシャンのコミュニケーション:ネット以前と以後

今井晋(登壇者、東京大学大学院)

 

各報告へのコメント:コンテンツ産業論の立場から

樺島榮一郎(登壇者、相模女子大学)

 

・企画趣旨
音楽の流通メディアの中心がCDからインターネットや携帯電話へと移行しつつある現在、「ネットレーベル」と呼ばれる音楽配信のスタイルが注目を集めている。国内外のネットレーベルからはテクノなど電子音楽の作品が次々と発表されており、レーベル内やレーベル間での音楽家の交流も活発に行われている。しかし、レコード会社というかたちをとらない彼らが何故「レーベル」という呼称にこだわるのか。この「レーベル」という語に込められた意味を読み解くには、大手レコード会社のあり方を半ば基準としてきた音楽産業の理解の枠組とは別の視点が必要となるのではないだろうか。
そこで今回は、音楽家の新たな活動基盤、キャリア形成手段という観点からネットレーベルを取り上げ、そこに形成されるネットワークや価値観、ひいてはそれらを通じて見えてくる音楽産業の成立条件について議論したい。

 

 

【関西地区】

◆第一回研究例会

日時:1月29日(土)14:00~17:00

会場:桃山学院大学 大阪本町オフィス セミナー室A

 

 

福屋利信著『ビートルズ都市論―リヴァプール、ハンブルグ、ロンドン、東京』書評会

評者:小川博司(関西大学)、山口晋(目白大学)

 

「音楽は、それが発生する背後にある経済及び歴史・文化から決定的な影響を受ける。

ビートルズとて例外ではない。文化不毛の労働者の町であり、奴隷貿易の暗い歴史を持つリヴァプールで生まれたビートルズは、プライドを粉々にされる惨めな修業時代をドイツのハンブルグで過ごし、階級社会ゆえの露骨な蔑視と偏見をぶつけてくるロンドンへの反抗心を活力に成功への階段を上っていった。その軌跡の上で、都市は彼らとその周辺をどう変えたのか。読めば全く新しいビートルズが聴こえる」(「BOOK」データベースより)。

山口大学でアメリカ文学を研究しておられる福屋利信(ふくや・としのぶ)氏をお招きし、『ビートルズ都市論』の書評会を開きます。著者の福屋氏は、ビートルズを題材にした英語のリーディング授業や、ラジオ局でパーソナリティーを担当する等、地元ではユニークな活動で知られている方です。本書は、人物像や音楽性に着目することが多い従来のビートルズ本とは異なり、都市を主人公にしているところに特徴があります。すなわち、リヴァプール、ハンブルク、ロンドン、東京という4つの都市の歴史や背景が、ビートルズにどういう影響を及ぼしていったのかを読み解く内容です。

当日は、社会学、地理学の立場から本書へのコメントをいただき、著者を交えて、ビートルズと都市について、あるいは、ポピュラー音楽を生み出す環境要因について、豊かな議論を交わすことができればと考えています。終了後は、懇親会を予定しています。多くの方の参加を心よりお待ちしております。

 

 

◆第2回研究例会

日時:6月18日(土)16:00~19:00

会場:関西学院大学 大阪梅田キャンパス14階1402号室

NEWSLETTER88号に報告を掲載(NLには第1回と記載)

輪島裕介著『創られた「日本の心」神話―「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』 書評会

評者:細川周平(国際日本文化研究センター)

長﨑励朗(京都大学大学院博士後期課程・学術振興会特別研究員)

 

 

◆第3回研究例会

日時:7月9日(土)16:30~19:30

会場:関西学院大学 大阪梅田キャンパス 14階1406号室

※NEWSLETTER89号に報告を掲載

 

「現代の若者のケータイ・コミュニケーション―自己と他者をつなぐ着信メロディー」

石井裕子(関西大学大学院社会学研究科マス・コミュニケーション学専攻修士課程修了)

 

本研究は、現代若者の人間関係やコミュニケーションに注目する。とりわけ携帯電話の着信音を使って自己と知人をどのように結びつけているのか、明らかにすることを目的とする。携帯電話のメモリー内で、テーマごとに分類されたグループに着信音を設定する行為(グループ着信音)、特定の個人に着信音を設定する行為(指定着信音)について、焦点をあてる。

 

 

「ジャマイカのダンスホール音楽にみる「バッドマン」の抵抗と信仰心」

二宮健一(神戸大学大学院国際文化学研究科博士後期課程)

 

ジャマイカのダンスホール音楽で表象される典型的な男性イメージ「バッドマニズム」は、貧困層の若者による体制への抵抗表現として解釈されてきた。本発表では、「バッドマン」を体現する歌い手がこの国のイデオロギー装置ともいえる教会との間にとり持つ関係を手掛かりとし、「バッドマニズム」の社会的意義を再考する。

 

 

◆第4回研究例会

日時:10月15日(土)16:00~19:00

会場:関西学院大学 大阪梅田キャンパス 10階1002号室

NEWSLETTER90号に報告を掲載

 

「鉄腕アトムの効果音がもたらしたもの」

宮田昌典(京都市立芸術大学大学院音楽研究科博士課程)

 

日本最初期のTVアニメ『鉄腕アトム』における効果音は、キャラクターに独特の存在感を与えている。本発表では、『鉄腕アトム』の物語世界に対する効果音の位置づけを分析し、それが虚構上のリアリティといかに関わっているのかを考察する。

 

 

「ウガンダ、カンパラの音楽エンターテインメントを発展させる若者たち

―学校と社会、娯楽とビジネス、個人と集団のはざまで」

大門碧(京都大学・学術振興会特別研究員)

 

東アフリカの内陸に位置するウガンダの首都カンパラでは、10数年前から「カリオキ」と呼ばれる音楽エンターテイメントが盛んにおこなわれている。欧米やジャマイカ、隣国ケニア、タンザニア、そしてウガンダのミュージシャンたちの楽曲を使用し、その歌にあわせてさまざまなパフォーマンスを見せるのは、当地の10代から20代の若者たちが結成する10人程度のグループである。本発表では、2007年から2011年にかけておこなってきた、「カリオキ」を実践する若者たちへのインタビューと参与観察をもとに、「カリオキ」が発達してきたプロセスを明らかにする。
調査の結果、「カリオキ」という文化は、若者たちが学校から社会へと向かっていくちょうど分岐点として位置していると考えられた。そこでは若者たちは「カリオキ」をビジネスとして成功させることをいつも気にしながらも、同時に娯楽としておこなっていることを否定できない。そして各パフォーマーという個人の存在と、所属するグループである集団を確固たるものとして執着しない様子は、現代アフリカの若者たちの特徴のひとつとしてとりあげることができるだろう。

 

 

【中部地区】

◆第1回研究例会(日本アメリカ文学会 第28回中部支部大会との合同開催)

日時:4月24日(日)13:55~

会場:愛知淑徳大学星ヶ丘キャンパス 5号館5階55A号室

※NEWSLETTER89号に報告を掲載

シンポジウム 13:55〜15:55

「ポピュラー音楽を通して〈読む〉複数のアメリカ」

司会・講師:久野陽一(愛知教育大学)

講師:長澤唯史(椙山女学園大学)、エドガー・ポープ(愛知県立大学)、南田勝也(武蔵大学)

特別講演 16:15〜17:15

「Thomas Pynchonとポピュラー音楽」

講師:佐藤良明

司会:永畑昭利(名古屋大学)